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金沢地方裁判所七尾支部 平成9年(ワ)22号 判決

呼称

1事件原告(以下「原告会社」)

氏名又は名称

有限会社ワタナベ

住所又は居所

石川県鹿島郡田鶴浜町字田鶴浜ハ部三九番地一

呼称

2事件原告(以下「原告嘉祐」)

氏名又は名称

渡邊嘉祐

住所又は居所

石川県鹿島郡田鶴浜町字田鶴浜ハ部三九番地一

呼称

2事件原告(以下「原告道子」)

氏名又は名称

渡邊道子

住所又は居所

石川県鹿島郡田鶴浜町字田鶴浜ハ部三九番地一

代理人弁護士

今井覚

呼称

被告

氏名又は名称

渡邊収一

住所又は居所

石川県鹿島郡田鶴浜町字田鶴浜ル部九番地一

代理人弁護士

市川昭八郎

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求(▲1▼及び▲2▼事件)

1  (主位的請求)

(一)  被告は、その営業に関し、「渡辺表具店」という商号又は標章を使用してはならない。

(二)  被告は、その所有にかかる看板、広告その他一切の営業用物件から「渡辺表具店」の表示を除去ないし抹消せよ。

2  (予備的請求)被告は、「渡辺収一表具店」の表示を使用するか、又はこれに類する混同を防止するための適当な表示を付加せよ。

第二  事案の概要、

本件▲1▼事件は、原告会社が、その商号である「有限会社ワタナベ」と被告の「渡辺表具店」なる商号が、同一ないし類似し、被告の営業が原告会社の営業上の施設又は活動と混同を生ずるおそれがあり、原告会社の経済的利益が害されるおそれがあるとして、被告に対し、その商号又は標章の使用差止及び表示の抹消を求めた事案である。被告は、商号の類似性及び原告の商号の周知性を争い、仮に類似性及び周知性が認められるとしても、被告は自己の氏名を不正の目的でなく使用しているに過ぎないとして、請求の棄却を求めた。原告は、これに対し、混同防止のための表示の付加を予備的に請求した。

本件▲2▼事件は、原告嘉祐及び同道子が営む表具店の「渡辺表具店」なる商号と同一の商号を被告が使用しており、被告の営業が原告らの営業上の施設又は活動と混同を生ずるおそれがあり、原告らの経済的利益が害されるおそれがあるとして、被告に対し、原告会社と同様の請求を求めた事案である。被告は、本案前の答弁として、原告嘉祐は、原告会社の代表取締役であり、原告道子は、自ら事業を営んでおらず、同原告らは営業主体ではないから、原告適格を有しないこと及び同一営業に関し、▲1▼事件が提起されており、▲2▼事件の提起は二重起訴に当たることを理由として、請求の却下を求め、本案の答弁として、原告嘉祐及び同道子の営業の実体がないとして、請求棄却を求めた。

一  前提となる事実

1  原告嘉祐は、その実父渡辺嘉郎が昭和三年頃原告会社の肩書所在地において「渡辺表具店」ないし「渡辺宗和堂」の屋号で創業した表具業を引継ぎ、昭和六二年七月二二日、表具店の経営等を業とする「渡辺表具店」の商号を登記した(渡辺嘉郎及び原告嘉祐が「渡辺宗和堂」の屋号をも使用していたことを除き、当事者間に争いがない。原告代表者)。原告嘉祐は、右表具業を会社組織にすることとし、平成二年一一月二日、内装工事業、表具業等を目的として原告会社を設立し、自ら代表取締役に就任し、その妻である原告道子が取締役に就任した(原告会社の設立年月日、目的は、当事者間に争いがない。甲一、原告代表者)。原告嘉祐は、その際、登記官から昭和六二年に登記した「渡辺表具店」の商号と「有限会社ワタナベ」の商号が類似すると指摘されたため、同月一日、「渡辺表具店」の商号登録を抹消した(甲二、弁論の全趣旨)。原告道子は、平成八年七月二六日、表具業を業として「渡辺表具店」なる商号を登記した(甲一四)。原告会社は、現在、代表取締役原告嘉祐、取締役原告道子及び三名の従業員でその業務を行っている(甲一、原告代表者)。

2  被告は、昭和五六年ないし同五七年頃から肩書所在地において、表具業を営み、平成元年頃、自宅建物に「表具渡辺」と表示した看板を設置し、平成六年から、NTTの電話帳広告に、「渡辺表具店」と表示、掲載している(甲五の1ないし8、六の1、2、原告代表者、被告本人)。

二  争点

1  ▲1▼事件

(一) 「有限会社ワタナベ」と「渡辺表具店」の両商号の類似性

(二) 原告会社の商号の周知性

(三) 混同を生じるおそれの有無

(四) 営業上の利益の侵害のおそれの有無

2  ▲2▼事件

原告嘉祐及び同道子の営業の実体の有無

第三  争点に対する判断

一  ▲1▼事件につき、「有限会社ワタナベ」と「渡辺表具店」の両商号の類似性

原告会社の商号の「有限会社ワタナベ」と被告の商号の「渡辺表具店」とは、「ワタナベ」及び「渡辺」の部分で呼称が共通しているものの、両者はいずれも人の氏を意味し、渡辺等「わたなべ」の呼称を生ずる人の氏は一般的であり、それ自体では識別力が弱く、「有限会社」は会社の種類を、「表具店」は営業の種類を表す語であり、いずれも識別力が弱い。このように商号が識別力の弱い部分の組合せによって構成されている場合には、一般取引上、当該商号の識別は、その組合せにかかる全体を一体として行われると考えられ、「有限会社ワタナベ」と「渡辺表具店」は、全体を一体として観察すれば、その外観、呼称、観念のいずれにおいても異なる。殊に、「有限会社ワタナベ」の「ワタナベ」の部分は、漢字で表示される日本人の氏名をカタカナで表示したところに識別力を生じており、外観において、被告の商号と大きく異なる。

したがって、両商号は類似しないものというべきであり、原告会社の請求は、その余の判断をするまでもなく、いずれも失当である。

二  ▲2▼事件につき、被告の本案前の答弁について

原告嘉祐及び同道子は、その営む表具業の営業主体は自己らであるとして本訴請求を求めているのであるから、原告過格を有することは、明かであり、また、▲1▼事件と▲2▼事件は、それぞれ異なる原告からの請求であるから、二重起訴にも当たらない。

三  ▲2▼事件につき、原告嘉祐及び同道子の営業の実体の有無について

原告会社は、▲1▼事件において、「原告会社は、原告嘉祐が営んでいた表具業を法人化したものである。」と主張し、原告嘉祐及び同道子は、▲2▼事件において、「原告会社の実体は、原告嘉祐及び同道子の個人商店である。」と主張していること、前記認定のとおり、原告嘉祐は、原告会社の代表取締役であり、原告道子は、同嘉祐の妻であり、原告会社の取締役であることに照らし、原告らは、同一の営業に関し、それぞれ営業主体であると主張しているものと認められる。右の事実に照らせば、原告嘉祐及び同道子は、原告会社の代表取締役及び取締役としてその業務を行っているものと推認され、その営業主体は、原告会社であると認められる。そうすると、原告嘉祐及び同道子は、被告の商号の使用によって、「営業上の利益を侵害され、又は、侵害されるおそれのある者」(不正競争防止法三条一項)に当たらず、商号の使用差止請求権を有しない。

したがって、同原告らの請求は、その余の点を判断するまでもなく失当である。

四  よって、原告らの請求はいずれも理由がないから、棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 春名郁子)

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